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世界の有名なダイヤ

世界にはその大きさや美しさ、エピソードなどによって、歴史に名を残したダイヤモンドというものが多数あります。世界一有名なダイヤモンド、コ・イ・ヌールを始め、“呪いのダイヤ”と呼ばれるホープダイヤモンドなど、世界的に有名なダイヤモンドには相応のエピソードが伝わっている物ですね。ここでは、世界の有名なダイヤモンドと言い伝えなどを話していきましょう。

最も有名なダイヤモンド〜「コ・イ・ヌール(光の山)」

コ・イ・ヌールインドで発見されたコ・イ・ヌールは、186カラットと言う、当時世界最大のダイヤです。その大きさと、美しさから数多くの権力者の羨望の的になりました。

インドの二人の王侯がコ・イ・ヌールを巡って争ったのを始め、インドに侵攻してきたムガール帝国、さらにそのムガール帝国をインドから追い出したペルシアへと所有者は移り変わっていきました。そして祖国インドからペルシアを追い出した英雄、ラジット・シンがついにコ・イ・ヌールをインドへと取り返します。

しかし、そのインドも1849年イギリスに征服され、インドの至宝、コ・イ・ヌールはイギリス王室に渡ってしまいました。そこでビクトリア女王の手で再カットされ、約108カラット程度の大きさになってイギリスのタワー・オブ・ロンドンに保管されたのです。こうして、数百年もの長きにわたったコ・イ・ヌールの所有権争いは幕を閉じたのです。

世界最大のダイヤモンド〜「カリナン(所有者名から)」と「アフリカの星」

カリナンとアフリカの星1905年と言いますから、もう1世紀も前の話ですが、南アフリカはトランスバールで、これまで見たこともないような巨大なダイヤモンド原石が発見されました。その大きさは約3100カラット。(もし、原石が丸ならソフトボール並みの大きさになるでしょう)

この原石は鉱山所有者の名前から、「カリナン」と名づけられました。このカリナンもコ・イ・ヌールと同様イギリス王室に寄贈され、そこでカットされました。あまりにも巨大なために、9個の大きな石、96個の小さな石に分けてカットされ、そのうち大きなものにはそれぞれ「カリナンI〜宗廚量樵阿与えられました。

そのうち最大のカリナン気530.20カラット。これが世界最大のダイヤモンドで、特別に「アフリカの星」という別称が与えられています。現在は、コ・イ・ヌールと共にタワー・オブ・ロンドンに安置されています。

南アフリカの小さな偶然〜「ユーレカ(やった!)」

ユーレカ南アフリカのオレンジ川で、ある子供が遊んでいました。子供はそのうちに不思議な石を拾います。拾った石は父親の友人が珍しがったので、プレゼントしてしまいました。その石こそ、南アフリカで初めて発見されたダイヤモンド、ユーレカ(やった、見つけた)だったのです。

ダイヤモンドの産出が無いと思われていた南アフリカでしたが、このユーレカと、後年に発見された南アフリカの星(前述のアフリカの星とは別物)の二つの原石が発見されたことにより、各地から一山当てようとする人々が集結し、次々とダイヤモンド鉱山が発見されていくのです。

経済的にとりえの無かった南アフリカにおいて、まさに「やった!」ということだったのでしょうね。

呪われたダイヤモンド〜「ホープ(所有者名)」

ホープ当時売り出し中の探検家兼旅行家、タベルニエという人がインドから旅行中に持ち帰ったブルーダイヤの一部が、この呪われたダイヤで有名な、ホープダイヤモンドだとされています。とにかく持ち主という持ち主、全てが不幸になっていくといういわくつきのダイヤモンドです。

その中でも、このダイヤを有名にした持ち主が、かのマリーアントワネットとルイ16世。この二人がどのような運命をたどったのかは、皆さんも良くご存知のはず。その後紆余曲折を経て、このブルーダイヤモンドは名前の由来となる、ホープ家の手に渡ります。

ホープ家では、当主が事故、さらにホープ家の破産など、さまざまな呪いをホープ家4代の間かけ続け(それでも4代の間手放さなかったのもすごいですね)その後も各地で不幸をばら撒き続けていったのです。現在は、ようやく気が済んだのか(?)アメリカはスミソニアン博物館に所蔵されています。

ナポレオンとフランスの栄光〜「リージェント(執政)」

リージェント17世紀初頭、インドの採掘場で410カラットという原石が発見されました。発見した男は自分のふくらはぎに原石を埋め込み、国外逃亡を図りました。しかし、イギリスに渡る途中、船長に横取りされてしまいます。

その後、イギリスでカットされた宝石はフランスの摂政オルレアン公爵に競り落とされました。リージェント(摂政)という名前が与えられたのはこのためです。オルレアン公爵はそれを当時の国王ルイ15世に謙譲、そのままフランス王家の至宝となります。

途中盗難にあったものの、その後無事発見され、再びフランスに戻ったリージェントは、次の摂政ナポレオンが軍馬の買い付け担保に使用し、フランスに勝利に貢献します。こうして、常にフランス王家と関わり続けたリージェントは、ついにフランス政府によって、永久にフランスにおいておくことに決められました。

現在でもフランスはルーブル美術館において、静かに眠っています。

ミステリーという名の魅惑〜「オルロフ(人名)」

オルロフムガール帝国の王子が、オルロフ・ダイヤモンド最初の所有者であったとされています。王子はこのダイヤ「ムガールの星」を寺院に寄贈し、「かの石に触れるものに災いあれ」という言葉を残しました。

その後、盗掘されてしまうのですが、王子の言葉通り、ムガールの星は、盗んだ男はもちろん、関わるものを次々不幸にしていきました。やがてこの石の名前に名を残す男、ロシアのオルロフ公爵に買い取られます。

オルロフはエカテリーナ(ロシアの女帝)の愛人だったのですが、ちょっとしたことで疎遠になってしまっていました。そこで、よりを戻そうとこのオルロフ・ダイヤをプレゼントしたのです。しかし、感謝はされたものの、愛情は戻らず、それが元でオルロフはおかしくなってしまいます。

譲り受けた側のエカテリーナは、愛用の勺にオルロフダイヤをつけて大事にしていましたが、その後ロマノフ王朝は滅びてしまいました。この石が本当にムガールの星であったのか、呪いはあったのかなど、ミステリーの多い石として、いまだに歴史探求家たちの興味をそそり続けています。

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